Chantori Blog

Medical Physics / Monte Carlo Simulation / Medical Image Processing

博士号を取得して企業就職した話

突然ですが、この3月に博士課程を卒業して企業就職します。周りの方からどのような就活をしたのか聞かれる機会が増えてきたので、企業就職に至るまでの私の思考プロセスと、とった行動をまとめます。

 

Contents: 

  

就活する上で考えたこと

第一志望は日本のアカデミア

研究が好きだし、これまでやってきたことを最も活かせるのは大学の研究者になることだと思った。研究機関で研究をしつつ、医学物理士業務や教育もやりたいと考えていた。しかし、日本のアカデミアでは公募が突然出ることが多く、情報通でない私には対応が困難だった。また、そのような硬直した(ように自分には見える)システムに対して反発を覚えた。日本のアカデミアを見据えて日本国内でポスドクをしつつ、国内の助教公募に応募するという選択肢もあったが、日本でのポスドクを経ることで自分を取り巻く環境が大きく好転するとは思えなかった。助教のポストを目指して国内でポスドクをする、というのは問題の先延ばしに過ぎないような気がした。

さらに、運良く日本の大学の助教になれたとして、科研費が削られ大学への風当たりが強くなっている環境の中で生き残っていけるか、不安定な生活に自分が耐えられるか疑問であった。

第二志望はアメリカでポスドク

博士課程中にアメリカで1年半ほど過ごしていたため、海外でポスドクをすることに関する障壁が低かった。海外で研究経験と業績を積めば、ゆくゆくは日本のアカデミアでのキャリアを有利に進められると考えた。また、アメリカならポスドク中にCAMPEP認定のプログラムを修了して(Mayo Clinic, MD Anderson, Harvard, Stanford, MSKなどは一定条件下でポスドクにこのようなカリキュラムを提供している)、ポスドク後にアメリカ医学物理士レジデントに入れば、その後に日本のポストを見つけやすくなるのではないかという目論見もあった。この進路の延長として、日本にポストが見つからなかったとしてもアメリカで医学物理士として働くという選択肢も視野に入れていた。

これらの理由から、海外特にアメリカでポスドクをすれば将来のキャリアパスを多様化できると思った。

第三志望は企業就職(ほぼ想定せず)

アメリカ留学中には、企業で活躍するPhDが身近に多くいた。最近は日本でも産業界で博士人材を有効活用する必要性が強調されており、潮目が変わってきているように感じていた。

しかし、自分の持つスキルや知識を転用可能な職は非常に限られていると思っていた。なぜなら、私の研究はタコツボ化してると思っていたし、放射線治療業界の企業の研究開発職には理工系出身の人材が好まれると思っていたためである。よって、企業では営業色の強い職種に就くことになり、研究経験をあまり活かせないのではないかと懸念していた。

また、日本の新卒一括採用は募集のタイミングが非常に早く、時間もとられる。アカデミアを目指している以上、そもそも優先度の低い企業就活に時間とエネルギーを割く気持ちにならなかった。その他いやらしい理由だが、博士卒業後にアカデミア以外の進路を選択することは、なんだか敗者であるかのような意識が少なからずあった。プライドが許さなかったのかもしれない。

これらの理由から、初期段階では企業就職をほぼ想定していなかった。

 

実際に自分がとった戦略

日本の助教のポストは公募がいつ出るか全く読めなかったため、特にアクションを起こさなかった。ありがたいことに、日本国内でポスドクをしないかというお話をいくつか頂いた。日本でポスドクをするという選択肢の優先順位は高くはなかったが、博士卒業後に無職になるリスクを取り除くという意味で、このオファーは心理的セーフティーネットの働きをしてくれた。おかげで以下に記すような強気の就活をすることができ、とても感謝している。

現実的な進路として海外ポスドク、特にアメリカでのポスドクをターゲットとし、情報を収集した。特に、AAPM Career ServicesとScholarshipDb.NET (https://scholarshipdb.net/) に登録し、自分の分野に関する世界中のポスドク募集情報をメールアラートで受けた。日本の大学を卒業する時期と、海外ポスドクの募集が増える時期は一致していないため、タイミングの合う募集が少なかった。いくつかの施設にCVを送り、スカイプ面接をしてもらった。時差の問題もありスカイプ面接は一苦労だった。最終的に、研究内容が近かったアメリカのラボから内定を頂いた。ラボのPIはポスドク中にCAMPEP認定の授業を受講することに一定の理解を示してくれたし、世界的に名の知られている施設でもあったため、ポスドク就活としては成功したと言えると思う。しかし、その研究室で行われている研究が本当に自分のしたい研究なのだろうかという疑問があり、研究内容よりも肩書によって自分を納得させようとしている部分が少なからずあった。

企業就職はあまり念頭に置いていなかったが、自分の経歴やスキルが企業からはどう評価されるのかが気になっていた。そこでLinkedInビズリーチ(転職サイト)に自分のプロフィールを載せて、しばらく放置していた。すると複数のリクルーターや転職エージェントから(半数以上は英語で)連絡が届いた。意外にも自分に興味を持ってくれる企業がいくつかあることがわかった。博士卒業直後に企業に就職するのは「新卒採用」を意味するとばかり思っていたので、初めての就職が転職になる可能性は考えてもいなかった。エージェントから頂いた求人に目を通す中で、日本に拠点を置く外資系の企業は、英語ができて医学物理士の資格を持っている人材を積極的に探している印象を受けた。主な業務内容は研究というよりは営業技術に近かったが、大学院での研究を活用できる点、英語を多用する点、待遇面等で惹かれたため、企業就職という、本来想定していなかった選択肢について考え始めるようになった。

ただ、このような「博士卒→企業に中途採用」ルートの特徴として、募集の3ヶ月後くらいには入社することが期待されるという点がある。逆に言うと、卒業3,4ヶ月前になってやっと募集がされる、という状況になる可能性があるという意味である。このように書くと冒頭の日本のアカデミアの公募と似てるようにも聞こえるが、大体いつ頃にどの職種の募集が出そうかをリクルーターは定期的に知らせてくれたので、あまり焦りはなかった。そもそも私はこれと並行してポスドク就活をしていたため、このタイムテーブルはそれほど苦ではなかった。

自分の専門分野から少しだけ離れた分野に関しては、もっと面白そうな職種の募集が届くようになった。例えば、最近AIによる医用画像の病変検知に関して薬事を取得した日本発のスタートアップや、医療機器分野で超大型の買収をしてハードウェアにも力を入れ始めた企業など、いくつかの企業から面接に呼ばれた。最初の面接はボロボロだったが、自分の見せ方を考える上で非常に勉強になった。少し就活をした感触として、自分の専門分野から少し離れても、自分の持つスキルを評価してくれる企業があることがわかった。言い換えると、自分の研究分野をあまりにも狭く定義していたことに気づいた。これは私だけでなく、博士卒の人材にありがちな傾向だとも思う。

最終的に、自分が譲れないと思っていたいくつかの条件を満たす企業から研究職として内定を頂き、入社を決めた。この会社はなぜか私を新卒として採用してくれたが、博士取得までの経歴を反映した待遇を提示して頂き、とても感謝している。この企業から内定を頂いた時期はアメリカのポスドクの内定を頂いたタイミングと近かったため、アメリカのポスドクは比較的円満に辞退させてもらえた。

 
Take home message

  • 日本の博士課程を卒業して企業に就職するというキャリアパスは、これから増えていくと思う。
  • 自分の専門やスキルが活かせる分野は、博士人材自身が思っている以上に広い可能性がある。
  • 博士課程を過ごす上で、企業が食いつきそうなスキルを意識しながら研究に取り組むと、進路に多様性が生まれるかもしれない。